海洋汚染とプラスチック
所属:跡見学園女子大学
インターン生:Y.Hさん
海洋汚染とは海洋環境に有害な物質やごみが人間の手により放出され、海洋環境に大きな悪影響を及ぼす現象のことです。海洋汚染によって人間にも生物にも大きな害を与えることを知っていますか? 海洋汚染の原因には、プラスチック製の産業廃棄物、船の事故による石油の流出、私たちが生活するうえで流れ出す化学物質などの流出が例にあげられます。 「海洋法に関する国際連合条約」では、海洋汚染をこのように定義しています。 海洋環境の汚染とは、人間による海洋環境への物質又はエネルギーの直接的または間接的な導入であって、生物資源および海洋生物に対する害、人の健康に対する危険、海洋活動(漁業及びその他の適法な海洋の利用も含む)に対する障害、海水の水質を利用に適さなくすること並びに快適性の減殺のような有害な結果をもたらすまたはもたらすおそれのあるものをいう。と定義している。 このようなことから、2015年にSDGsの17の目標もうちの14個目に定められています。
1.海洋汚染の7つの原因
海洋汚染の原因は、さまざまな人間活動に起因するものであり、それぞれが海洋環境に特有の問題を引き起こしています。
1-1. プラスチックごみ
プラスチック汚染は、海洋汚染の中でも特に深刻な問題です。
- 使い捨てプラスチック: ペットボトル、ビニール袋、ストローなどの使い捨てプラスチック製品は、消費後に適切に廃棄されないことが多く、風や川を通じて海に流れ込みます。海洋に流入したプラスチックは、時間が経つと微小な粒子であるマイクロプラスチックに分解され、これが広範囲にわたり海洋生態系に悪影響を与えます。例えば、魚や海鳥がこれを誤って摂取し、体内に蓄積することで健康被害を受けるほか、食物連鎖を通じて人間にも影響を及ぼします。
1-2. 化学物質と有害廃棄物
化学物質は工業活動や農業から海洋に流れ込み、深刻な汚染を引き起こします。
- 農薬・除草剤: 農業で使用される農薬や除草剤は、降雨などで流れ出し、川を通じて海に到達します。これらの化学物質は、海洋生物に毒性を持ち、特に沿岸部の生態系に大きな影響を及ぼします。
- 工業廃棄物: 工場からの排水には、重金属(鉛、水銀、カドミウムなど)や有機化合物が含まれていることがあり、これらが海に放出されることで、生物の成長や繁殖に悪影響を及ぼします。特に重金属は、生物に蓄積しやすく、食物連鎖を通じて上位の捕食者や人間にまで影響を与えることがあります。
1-3. 原油流出
原油流出は、海洋環境に大規模かつ長期間にわたる影響をもたらします。
- タンカー事故: 原油を運搬するタンカーが事故を起こした場合、大量の原油が海に流出します。原油は海面に広がり、酸素の供給を妨げるほか、海洋生物に直接接触することで中毒や窒息を引き起こします。
- 海底油田からの漏出: 掘削プラットフォームや海底パイプラインの破損により、海底から原油が漏れ出すこともあります。この場合、海洋生物や沿岸生態系への影響が特に深刻となります。
1-4. 排水
都市や工業地域からの排水には、多くの有害物質が含まれており、これが海洋に流れ込むと環境に悪影響を与えます。
- 下水処理施設の不備: 一部の地域では、下水が適切に処理されずに直接海に放出されることがあります。これにより、病原菌や化学物質が海洋に流れ込み、水質汚染や病気の発生源となります。
- 栄養塩の過剰供給: 農業や都市からの排水には、窒素やリンが多く含まれており、これが海に流れ込むと藻類の異常増殖を引き起こします。これにより、酸素が消費されてしまい、魚や他の海洋生物が生存できなくなる「デッドゾーン(死の海域)」が形成されます。
1-5. 過剰な漁業活動
過剰な漁業や違法漁業は、海洋生態系のバランスを崩す原因となります。
- 乱獲: 魚種の乱獲は、生態系のバランスを崩し、特定の魚種が減少することで、他の生物の食物連鎖に影響を与えます。これにより、生態系全体が不安定になることがあります。
- 漁業用具の廃棄: 漁網や釣り糸が海に放置されると、「ゴーストフィッシング」と呼ばれる現象が発生し、捨てられた漁具に海洋生物が絡まり、死んでしまうことがあります。
1-6. 船舶からの排出物
船舶の運航に伴う汚染も、海洋汚染の一因です。
- 船舶燃料の排出: 船舶から排出される排ガスや燃料の漏れは、海水の化学組成を変え、酸性化を促進します。また、船舶のエンジンから排出される燃焼ガスには、有害な物質が含まれており、これが降雨によって海に流れ込むと、海洋生態系に悪影響を及ぼします。
- バラスト水: 船舶が安定を保つために海水を積み込む「バラスト水」は、積み込み時の地域の生物を含んでいる場合があり、これを他の地域に放出することで、外来種の拡散や生態系の混乱を引き起こします。
1-7. 大気汚染による影響
大気中の汚染物質が海洋に到達することも、海洋汚染の一因です。
- 酸性雨: 大気中の硫酸塩や窒酸塩が雨となって海に降り注ぐと、海水の酸性度が上昇し、サンゴ礁や貝類などの石灰質を持つ生物に影響を与えます。酸性化が進行すると、これらの生物はカルシウムをうまく利用できなくなり、成長や繁殖に支障をきたします。
このような要因が海洋汚染を進めています。私たちが生活をしているだけで海を汚染してしまっている事がわかります。
この中でもプラスチック問題について注目していきたいと思います。
2.海洋汚染におけるプラスチック問題
海洋汚染プラスチック問題は、21世紀の最も深刻な環境問題の一つです。この問題は、海洋生態系に甚大な影響を及ぼし、また人間の健康や経済活動にも大きな影響を与えています。
2-1. 現状
- 規模と広がり
現在、世界の海洋には推定で1億5,000万トン以上のプラスチックが存在しているとされ、毎年800万トン以上のプラスチックが新たに海に流入していると考えられています。この量は、海洋生態系全体に深刻な影響を与え、プラスチックが最も多く蓄積されている場所では、いわゆる「プラスチック・スープ」が形成されています。 - プラスチックゴミの種類
海洋に存在するプラスチックゴミには、以下のような種類があります。 - マイクロプラスチック: 直径5mm以下のプラスチック片で、洗顔料や歯磨き粉に含まれる微細なプラスチック粒子、または大きなプラスチックが劣化して小さくなったものが含まれます。
- メソプラスチック: 直径5mmから2.5cmのプラスチック片で、ペットボトルのキャップや、使い捨てストロー、プラスチック製の袋などが含まれます。
- マクロプラスチック: 2.5cm以上の大きなプラスチック片で、漁網、ペットボトル、大型のプラスチック製品などが含まれます。
2-2. 影響
- 海洋生物への影響
プラスチックは、海洋生物にさまざまな形で悪影響を与えています。例えば、海亀や海鳥はプラスチックを餌と誤認して飲み込み、消化器官を詰まらせることがあります。また、漁網やプラスチック製のリングに絡まって窒息してしまったり、動けなくなるケースもあります。さらに、プラスチックに吸着した有害化学物質が、海洋生物の体内に蓄積され、生態系全体に広がることも問題視されています。 - 人間への影響
海洋生物が取り込んだプラスチックは、食物連鎖を通じて人間の食卓にもたらされます。特に、魚介類を通じてマイクロプラスチックが体内に取り込まれるリスクが指摘されています。これにより、長期的な健康被害の可能性が懸念されています。また、漁業や観光業に対する経済的な影響も大きく、漁業が妨害したり、海洋ゴミによる観光地の景観悪化が報告されています。 - 経済的影
海洋汚染による経済的損失は、年間数十億ドルにのぼると推定されています。漁業や観光業の損失だけでなく、海岸清掃やプラスチック処理のためのコストも含まれます。
2-3. 原因
- 使い捨てプラスチック製品の大量消費
プラスチック汚染の主要な原因は、使い捨てプラスチック製品の大量生産と消費です。特に、プラスチック製の袋、ペットボトル、ストロー、容器などが広く使用され、これらが適切に処理されないことで海洋に流れ込んでいます。 - 不適切な廃棄物管理
多くの国で廃棄物管理システムが不十分であり、特に発展途上国では、適切な処理が行われずにプラスチックが直接海に流れ込むことがあります。また、河川を通じて陸から海に運ばれるプラスチックゴミも大きな問題です。 - 漁業活動
漁網や漁具の不適切な廃棄が、海洋プラスチック汚染の一因となっています。これらの「ゴーストネット」は、海中に放置され続け、長期間にわたり生物を捕獲し続けるため、大きな環境問題となっています。
このことから、プラスチック問題が海洋汚染の深く関わっていることがわかります。プラスチック問題を解決するための対策が必要になると考えられます。
3.プラスチックを分解する微生物
プラスチックを分解する微生物に関する研究は、環境保護と持続可能な技術開発の分野で重要な進展をもたらしています。
3-1. イデオノラ・サカイエンシス (Ideonella sakaiensis)
- 発見と特徴
2016年、日本の京都工芸繊維大学の研究チームが廃棄物処理施設で発見したこのバクテリアは、特にポリエチレンテレフタレート(PET)を分解する能力を持つことで知られています。PETは、飲料ボトルや食品包装材に広く使われており、世界中で毎年何百万トンも廃棄されています。 - 分解メカニズム
Ideonella sakaiensis は、2つの主要な酵素を用いてPETを分解します。 - PETase:この酵素はPETのポリマー鎖を分解し、モノマーであるテレフタル酸とエチレングリコールを生成します。
- MHETase:PETaseによって生成された中間生成物であるMHET(モノヒドロキシエチルテレフタレート)をさらに分解し、テレフタル酸とエチレングリコールを完全に分解します。
これにより、PETが環境に負担をかけることなく自然に分解されます。
3-2. ワックスワーム(ハチノスツヅリガの幼虫)
- 発見と特徴
2017年、スペインの研究者がワックスワームがポリエチレンを食べ、分解する能力を持つことを発見しました。ワックスワームは、通常はミツバチの巣に生息し、巣の中のワックスを食べる習性を持っていますが、ポリエチレンをも分解できることが判明しました。 - 分解メカニズム
ワックスワームの消化酵素は、ポリエチレンの化学構造を分解する能力を持っています。具体的な酵素はまだ完全には特定されていませんが、これらの酵素がポリエチレンの長い炭素鎖を酸化させ、分解を促進すると考えられています。これにより、ポリエチレンが自然に分解されるのが困難な環境条件でも分解が進む可能性があります。
3-3. ペニシリウム属とアスペルギルス属のカビ
- 発見と特徴
ペニシリウム属とアスペルギルス属のカビは、ポリウレタンや他のプラスチックを分解する能力を持つことで知られています。ポリウレタンは、家具、建材、自動車部品などに広く使われている非常に耐久性のあるプラスチックです。 - 分解メカニズム
これらのカビは、プラスチックのエステル結合を加水分解する酵素を分泌します。これにより、ポリウレタンが低分子量の化合物に分解されます。具体的には、カビが放出する酵素(エステラーゼやウレアーゼなど)が、ポリウレタンを構成するエステル結合やウレタン結合を切断し、より簡単に分解される物質に変換します。
3-4. プラスチック分解に関連するその他の微生物
- kannkou海洋細菌
いくつかの海洋細菌もプラスチックを分解する能力があると報告されています。たとえば、Alcanivorax 属や Rhodococcus 属の細菌は、プラスチックの表面にバイオフィルムを形成し、これを介してプラスチックを分解する酵素を分泌します。 - 菌類の役割
いくつかの菌類(カビ)は、土壌中でポリプロピレンやポリエチレンなどのプラスチックを分解する能力を持っています。菌類が分泌する酵素が、プラスチックの高分子構造を徐々に分解していくプロセスが知られています。
4.微生物によるプラスチック分解の研究
微生物によるプラスチック分解の研究は、持続可能な廃棄物処理技術の開発に向けた重要な分野です。
4-1. プラスチックの問題と分解の必要性
プラスチックは、その耐久性と軽量性から多くの用途で使用されていますが、分解に非常に長い時間がかかるため、環境における廃棄物問題を引き起こしています。これに対処するために、自然界でプラスチックを分解できる微生物の利用が注目されています。
4-2. プラスチック分解微生物の探索
研究者たちは、自然界の土壌や海洋環境などから、プラスチックを分解する能力を持つ微生物を探しています。これまでに発見された代表的な微生物には、以下のものがあります。
- 細菌: Ideonella sakaiensis は、ポリエチレンテレフタレート(PET)を分解する酵素を持つ細菌として有名です。
- 真菌: 一部の真菌は、ポリウレタンやポリエチレンなどのプラスチックを分解することが確認されています。
4-3. 分解メカニズムの解明
微生物がプラスチックをどのように分解するかを理解するために、研究者は分解メカニズムの解明に取り組んでいます。主なステップは以下の通りです。
- 表面の吸着: 微生物はプラスチック表面に吸着し、特定の酵素を分泌します。
- 加水分解: 分泌された酵素はプラスチックの高分子鎖を切断し、モノマーや低分子化合物に分解します。
- 代謝: 生成された低分子化合物は微生物によって取り込まれ、エネルギーやバイオマスの生成に利用されます。
4-4. 分解速度の向上
自然界では、微生物によるプラスチックの分解速度は遅いため、研究者は分解速度を向上させる方法を模索しています。これには、遺伝子改変や最適な環境条件の設定が含まれます。
4-5. バイオテクノロジーの応用
プラスチック分解能力を持つ微生物や酵素を利用して、工業的に利用可能な分解システムを開発する試みが行われています。これにより、プラスチック廃棄物の処理がより効率的かつ環境に優しいものになることが期待されています。
5.微生物によるプラスチック分解について課題と今後の対策
微生物によるプラスチック分解技術は、環境問題の解決に向けた革新的なアプローチとして期待されていますが、その実用化にはいくつかの課題が存在します。まず、微生物が自然環境でプラスチックを分解する速度は非常に遅く、分解過程が数年から数十年かかることもあります。このため、分解速度を加速させる技術的な改良が必要とされていますが、それを実現するには、分解能力を持つ微生物の遺伝子改変や酵素の最適化が不可欠です。また、特定の種類のプラスチックにしか対応できない微生物が多く、一般的なプラスチック廃棄物のすべてを効果的に分解する微生物や酵素の開発が求められています。
さらに、微生物による分解が実際の環境でどのように影響を及ぼすかについての理解も不十分です。例えば、分解の過程で生成される中間生成物が環境や人間の健康に対して有害である可能性が指摘されています。これらの生成物の毒性評価や、微生物が野外環境に放出された場合の生態系への影響について、より詳細な研究が必要です。
また、技術の実用化に向けては、コストやスケールアップの問題も無視できません。微生物や酵素を大量生産するためのコストが高いため、経済的に持続可能な技術を開発することが求められます。同時に、工業規模でのプラスチック分解を実現するためには、大規模な処理施設やインフラの整備が必要であり、これには多大な資本投資が必要です。
今後の対策としては、まず基礎研究を強化し、分解メカニズムのさらなる解明や、分解速度を向上させるための技術開発が重要です。また、異なる種類のプラスチックに対応できる汎用性の高い微生物や酵素の発見・開発も進めるべきです。さらに、環境や健康への影響を最小限に抑えるための安全性評価や、分解生成物のモニタリングシステムの構築が必要です。最後に、経済的に実現可能な技術にするためには、政府や企業の支援を受けた大規模な研究開発投資や、持続可能なプラスチック廃棄物処理システムの導入が不可欠です。