温暖化の救世主?排出量取引とは
所属:東京大学
インターン生:H.Aさん
地球温暖化とは、大気中に排出された二酸化炭素によって気温が上昇する現象のことです。これによって海面の上昇や気候変動が起こり、自然環境や人々の生活に大きな影響が出ることが懸念されています。このままいくと早ければ2030年にも地球の平均気温が臨界点に達し、取り返しのつかない状況になるとも言われています。経済活動も重視しながら二酸化炭素の排出を減らすにはどうしたらよいのでしょうか。
直接規制
二酸化炭素の排出の削減をしたい場合、すぐに思いつくのが何らかの規制をかけるということです。これを直接規制と言い、二酸化炭素排出量の多い企業や工場に調整させることなどが考えられます。しかし、この方法は効率性に欠け、経済活動にマイナスになる可能性があります。それでは具体的に見てみましょう。
左の図を見てみると、排出量の限度に対して超過削減を行うことにメリットがないことがわかります。このことは超過削減に対する技術開発などの努力を抑制してしまうことになります。そして排出量の限度を超過してしまう企業は規制遵守のために多大なコストを払うことになります。
それでは、企業ごとに実情や技術水準、負担能力に応じて変化するような規制を行えばよいのではないかと思うかもしれませんが、このような規制基準の策定には時間と労力がかかってしまいます。
経済的手法による対策
経済的にも環境的にもよりよい解決方法とはどのようなものなのでしょうか。ポイントは、直接規制のような強制的なやり方ではなく、市場のメカニズムを利用した効率的な環境対策をとることです。そこで注目されているのが排出量取引です。
排出量取引とは、全体の排出量を減らすために、あらかじめ国や企業に排出する権利を割り振っておいて、それを超過したところが下回ったところからその権利を買うことで全体の削減目標を達成する制度です。
この制度では、超過削減ができる企業は余った排出枠をほかの企業に売って利益を得ることができます。対して排出量削減が難しく、排出枠を買ったほうが低コストであると判断した企業は取引を行って排出量の限度を満たすことが可能になります。この制度のメリットは、二酸化炭素排出量の削減がしやすくなることにとどまらず、より安価な削減対策の選択、開発につながることです。
排出枠が取引され、CO2排出に価格がつくことにより、様々な排出削減対策にも明確な価格付けがなされ、これまで社会に埋もれていた安価な対策の掘り起こしも可能となります。経済活動に環境という価値が組み込まれることであらゆる経済活動に環境配慮が伴うようになり、温暖化対策が進みやすくなると言われています。それでは詳しく排出量取引の仕組みを見ていきましょう。ここでは、最も一般的な形式である「キャップ・アンド・トレード型」について紹介します。
1.排出削減量を決め、排出枠を発行する
まずは全体で基準となる年から目標年までどれほど削減したいのかを決め、それに応じた排出枠を発行します。例えば2021年から2050年までで80%の二酸化炭素削減を目指す場合、発行される枠は20となります。
2.排出枠の配分
全体の排出枠が決まったら、次は個々の主体に配分します。配分の基準はグランドファザリング方式やベンチマーク方式、オークション方式といったものがあります。グランドファザリング方式は過去の排出量をベースにして無償で配分するものです。ベンチマーク方式は生産量当たりの二酸化炭素排出量を設定してから、全体の生産量を掛けて排出枠を決定します。対してオークション方式は各主体が排出枠を購入するものです。多くの場合、毎年の排出枠の数%がオークション形式で市場参加企業が購入できるようになっています。
3.排出量と排出枠の差異が生じる
実際に経済活動を行うと、当初配分された排出枠の量より多く排出してしまうところ、同程度の排出ですむところ、少ない排出しかしないところなど、いろいろ出てきます。
4. 排出量と排出枠を合わせるために
自分の持っている排出枠を上回ってしまった主体は、自力で削減するか、排出枠が余っている主体から排出枠を購入するかという選択を迫られます。このときにどちらを選ぶかは、その主体にとってどちらが安いかという理由であることが多いです。
5.排出量と排出枠のマッチング
一定期間が過ぎた段階で、排出量が排出枠を満たしているかを確認します。もし満たしていなかった場合、罰則が科されることになります。ここでポイントになるのは、すべての主体が排出枠を満たす場合は、全体の目標が達成されるということです。一番初めに目標を設定してから個別に割り振ることで、それぞれの主体の目指すものが明確になり、全体の目標が達成がしやすくなることに加え、直接規制にはない柔軟性が加わったいいとこどりの制度だと言えるでしょう。
具体例の紹介
EU
EUでは2005年にキャップ・アンド・トレード方式が導入されました。これは世界で最も早く、ほかの国内排出量取引制度のモデルにもなっています。経済状況の変化や、各国間の経済格差の問題がありつつも、試行錯誤をしながら制度を作り上げてきた経緯を見ていきたいと思います。
1997年に採択された京都議定書において、EUに加盟していた15か国が2008~2012年に温室効果ガス削減量を1990年比8%削減に合意し、この達成に向けて2000年に策定された「欧州気候変動プログラム」で排出量取引が取り上げられました。そして2005年にEU ETS(European Union Emissions Trading System 欧州連合域内排出量取引制度)の実施が開始されたのです。
EU ETSはキャップ・アンド・トレード方式を採用しています。対象は31か国における12000の発電所・産業施設と航空事業者です。日本ではのべ389の事業者しか参加していないことを考えると、規模の違いがわかります。年代ごとにフェーズが3つに分かれているので、それぞれを詳しく見ていくことにしましょう。
フェーズ1: 2005~2007 | フェーズ2: 2008~2012 | フェーズ3: 2013~2020 | |
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目標 | 京都議定書目標達成の準備 | 京都議定書の目標達成(1990年比8%減) | 2020年の気候変動とエネルギーの枠組み |
参加 | 27か国、燃料燃焼施設+10産業セクター | 30か国、航空セクター追加 | 31か国、15産業セクター追加 |
排出枠配分方法 | 95%以上無償配分、残りはオークション、グランドファザリング方式 | 90%以上無償配分、残りはオークション、グランドファザリング方式 | オークションがデフォルト、ベンチマーク方式 |
EU ETSに関する決議は参加国レベルではなくEUレベルで行われます。しかし、フェーズ1、フェーズ2においては各国が国内での排出枠の具体的な割り当てを決める権利を持っていました。この調整プロセスが複雑で時間を要したため、異なる産業間で不公平感が出ました。また、グランドファザリング方式がとられていましたが、この方式は過去の排出実績に基づき排出枠が決まるため、今後に多くの排出枠を受け取れるよう削減対策を怠る例もあり排出枠の過剰割り当てにつながりました。ほかにも、取引期間が短いために既存技術の普及・新規技術開発が行われにくいなど様々な問題点が明らかになり、フェーズ3で大幅な見直しがされました。
フェーズ3ではEU全体での排出上限が設定され、オークション方式での排出枠の配布がメインになりました。また、グランドファザリング方式からベンチマーク方式に移行し、先行して対策を行った企業にメリットがある制度になりました。しかし、課題はまだまだあります。電力セクターでは無償配分が大幅に削減されましたが、産業セクターでは排出規制のない国に企業・工場が移転することの懸念から無償配分量が多く、過剰配分の問題が解決に至っていません。
では、EU ETSの効果はどれほどだったのでしょうか。上の図を見ると、総CO2排出量の減少は一次エネルギー消費量の減少に主な要因があるように見えます。一次エネルギー消費量の総量は2005~2016年で10.4%減、総CO2排出量は17.7%減となっています。EU ETSの対象となった燃料燃焼施設ではCO₂排出量が24.2%、産業セクターでは17.1%減となっており、総CO₂排出量とあまり違いが見られないことから効果がこの数値からは見られません。
また、CO₂排出量減少には製造業からサービス業へのシフトの影響も考えられます。EU ETSの対象となったセクターと対象にならなかったセクターの差異が大きく出ておらず、効果には疑問が残ります。
日本での実施
現在、日本では国単位での導入はされておらず、東京都と埼玉県のみにとどまっています。2010年に導入された東京都の排出量取引についてくわしく見ていきたいと思います。東京都では、年間のエネルギー使用量が1500kL以上の大規模事業所(業務・産業部門の約4割)に削減義務を課していて、エネルギー排出者ではなく事業所の所有者に削減義務があります。そして、それぞれの事業所には排出枠が与えられます。
第1計画期間が2010~2014年、第2計画期間が2015~2019年、第3計画期間が2020~2024年となっていて、五年間の排出量の合計と排出上限量を比べることになります。もし自らで削減することが難しい場合は2つの選択肢があります。
一つは、次期以降の排出枠を前倒しで使用し、次期以降の大幅削減を目指すボローイングです。ちなみに、逆に余剰排出枠があった場合は次期以降に繰り越すこともできます。
二つ目は、クレジットを利用すること(排出枠取引)です。このクレジットには種類がたくさんあり、途上国の削減量や国内企業の超過削減量、再生可能エネルギーの増加分を利用することもできます。この制度の効果を見てみましょう。
2005年から2015年にかけて、全国の最終エネルギー量に比べ東京都内の最終エネルギー消費量は削減量が多く、その中でもキャップ・アンド・トレードの対象となった事業所は削減率が高く、効果があるように見えます。まだまだ発展途上の排出量取引制度ですが、環境問題を経済的な手法で解決するなど、多くの利点を持った制度であり、これからの拡大が期待されます。