「4パーミル」がCO2排出を食い止める?
所属:横浜市立大学
インターン生:K.Rさん
地球温暖化が進んでいるという問題は、新聞やニュースなどで多く取り上げられるようになりました。地球温暖化を食い止める為には多くの課題解決が提案されていますが、その中で、「4パーミル」というワードを耳にしたことはありますか? CO2排出の影響を無くそうと、土壌を活用した地球温暖化対策が注目を浴びているのです。今回は、この「4パーミル」の取り組みについて説明します。
地球温暖化、CO2排出とは
地球温暖化についてますます世の中の関心が高まってきていますが、ここでもう一度おさらいしておきます。地球温暖化とは、温室効果ガスが増え、宇宙に放出されるべき熱が地表にたまってしまうことで、気温が上昇することを意味します。これは、地球規模の「気候変動」をもたらし、自然環境や人々に大きな被害をもたらすと考えられています。
温室効果ガス
地球温暖化の原因となっている温室効果ガスは、“地球を温める”という役割があります。地球は、太陽からの熱が地上や海に届くことで温められており、温められた地球もまた熱を宇宙に放出することで、一定の温度を保っています。この放出される熱の一部を吸収し、地表から熱を放出しすぎないように調整しているのが温室効果ガスです。
温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)・水蒸気・フロン・メタン・亜酸化窒素など、温室効果を起こす気体が含まれています。これらの温室効果ガスが全く無くなってしまうと、太陽からの熱は全て宇宙に出ていってしまうことになるため、地球の平均気温はマイナス19度にまで下がってしまうと予測されています。そうなってしまうと、多くの地球上の生物が生き残ることは難しくなってしまいます。つまり、温室効果ガスは地球の温度を最適に保ち、地球上の生物が生きやすい環境を作っているため、地球にとって、生物にとって必要不可欠なガスだということになります。
温室効果の問題点
しかし、温室効果ガスが増えすぎてしまうと、宇宙に放出されるはずであった熱が地表にたまり、地球の気温が上昇したり、地球全体での気候変動が起こったりしてしまいます。この、熱が地球にたまり過ぎてしまっている状態が、地球温暖化です。
温室効果ガスの主要素であるCO2は、18世紀の産業革命時以降、新たなエネルギー確保の為に急激に増加してきました。CO2は、エネルギー創出のために石炭や石油などの化石燃料が燃やされることで、大気中に大量に排出されるようになりました。CO2が大気中に増えると、温暖化はますます進んでいってしまいます。CO2濃度は年々増加しており、国土交通省や気象庁の報告では、2019年12月時点の速報値で419.0ppmを記録しています。平均的には、350~400ppmが望ましいとされますが、既に上回ってしまっているのです。産業革命前(約250年前)の濃度は、280ppmでした。
今後については、IPCC第5次評価報告書によると、大量の温室効果ガスの排出が続く場合、2100年には温室効果ガス全体の濃度は1,313ppm(この内CO2濃度は936ppm)に増加し、地球の平均気温は最大4.8℃上昇する可能性があると予測されています。
土壌の炭素循環
「4パーミルイニシアティブ」についてお話しする前に、土壌の炭素循環ということについて説明します。土壌の中の有機物は、土壌の物理的、科学的、生物的な性質を良好に保っています。また、養分を作物に持続的に供給するために極めて重要な役割を果たしており、農業生産性の向上・安定化に不可欠なものとなっています。
農地に使用された堆肥や緑肥等の有機物は、多くが微生物により分解され大気中に放出されるものの、一部が分解されにくい土壌有機物となり、長期間にわたって土壌中に潮流されます。
堆肥や有機物資材の投入による土壌への炭素の供給量がその分解量を上回ることで、土壌炭素が増えるということになります。そして、栽培されている作物の炭素量は変わらないと仮定すれば、土壌の中の有機物炭素が増えた分は、大気中のCO2が吸収されたと考える事が可能になります。土壌の炭素循環の中で、有機物による土壌炭素の貯留を増やすことで、CO2の純排出量を減らす事が可能になるのです。
「4パーミル」とは
CO2排出の影響をなくすことができる可能性があるとして、「4パーミルイニシアティブ」という取り組みが世界に広がっています。土壌を活用しようという考えで、土の中の炭素を増やすことで、人間が出してきてしまったCO2排出を帳消しにできるのではないかということです。土壌を活用した取り組みが世界的に行われ、CO2排出の影響を無くし、地球温暖化を食い止めようとする動きが始まっています。世界各地にある農地に新たな注目が集まってきているのです。
「4パーミルイニシアティブ」(世界の土壌の炭素蓄積量を年率0.4%向上)
2015年、パリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で、フランス政府が提案した国際的な取り組みです。283の国や国際機関等が登録しています(2018年11月時点)。
“世界中の土壌に存在する炭素の量を毎年0.4%ずつ増やすことができれば、大気のCO2増加量をゼロにすることができるかもしれない”、という考えに基づいて活動が行われています。土の中の有機物を増やすことができれば、温室効果ガス増加を食い止めることが出来るかもしれない、ということです。
有機物とは、生物に由来する炭素原子を含む物資のことを意味しますが、土の中には様々な有機物が含まれています。植物は光合成によって大気中のCO2を吸収し、葉や根などの体の部分を作ります。そして、それが枯れて土に残ると微生物により分解されていきます。この分解の過程で、炭素は他の生物に取り込まれたり、大気に戻っていったりします。
しかし、全てが分解されるわけでは無く、残った腐植が有機物となり、土の養分を保つ機能を果たします。この機能は、植物が取り込んだCO2を炭素として土の中に残すことを意味します。つまり、土壌中の炭素量(有機物)が増えると、その分大気中のCO2が減るという計算になるため、堆肥や緑肥をすき込むなどの農地の土壌をうまく管理することで、地球温暖化を緩和することができるということです。
「4パーミル」が示す量
「パーミル」とは、1%のことで、ここで言われている4パーミルは0.4%を示します。この0.4%は以下のような計算で示されています(朝日新聞参考)。
現在、人間が経済活動によって大気中に排出している炭素は、年間約100億トンずつ増えていると言われています。ここから、木などの植物によって吸収される量を差し引くと、毎年約43億トン、排出が増えているという計算になります。
一方で、土の中には、1兆5000億〜2兆トンの炭素があるとされており、そのうちの表層30〜40センチ部分には約9000億トンの炭素があるとされています。そこで、この土の表層にある約9000億トンの炭素を年間約0.4%増やすことができれば、43億トン分の排出量の大半を帳消しにできるとされています。
土壌中に有機物として含まれる炭素は、地球全体で見てみると莫大な量になる為、そのさらに0.4%でも増やす事ができれば、化石燃料などによる大気中のCO2増加量に匹敵する量になると考えられています。
日本の対応
日本の農林水産省は、2019年9月にまとめられた『第二回革新的環境イノベーション戦略検討会』の資料を掲載しています。この中の、「農林水産分野の脱炭素化に向けた環境イノベーションの推進①」という部分において、世界の潮流のところで「4パーミルイニシアティブ」について明記されています。
しかし、日本においてはまだまだ知られていない取り組みであり、今後広がっていく段階となります。また一方で、日本にはもともと含まれている有機物が多い土もあるという見方もあり、さらに増やすとなると簡単に取り組めることではないかもしれないという懸念もあります。現時点で、どれだけの炭素の量が土の中に含まれているかを計算するところから行う必要があります。
農林水産省は、農業分野の環境問題の一部として「4パーミルイニシアティブ」について取り上げ、各機関や世界銀行の専門家、農業法人や企業などに対して発表し、意見を交わしています。農林水産省環境政策室によると、農業(土壌)が気候変動に対して実態のある貢献ができるということの周知と、このための科学者と農業者をつなぐ役割を果たしたいと考えているそうです。
その他の取り組みー山梨県
山梨県では、「土壌炭素貯留・4パーミルイニシアチブセミナーinやまなし」というものが、2020年1月に開催されました。山梨県総合農業技術センターによる取り組みです。地球温暖化防止のため、農業ができる取り組みの一つである土壌炭素貯留について、「4パーミルイニシアティブ」などの世界の潮流と日本国内の政策を紹介し、堆肥や省耕起など従来からある土壌炭素貯留の手法に加えて、バイオ炭の活用についても研究結果や実例を交えながら紹介するということでした。
このように、日本の各地でその地域の行政や組織が中心となって取り組んで行くことも重要で、こうした小さな取り組みが、結果として日本全体に影響を与えるような形になっていくと考えます。
4パーミル実現のための有機農業の可能性
アメリカ大手企業、パタゴニアは、販売する製品やスポーツ、環境問題についての対話を促し、独自のミッションをさらに促進することを目的として、クリーネストラインというものをWEB上に掲載しています。この中の一部でも、土壌炭素について述べられていました。農業と土壌炭素の関わりを示しているもので、環境再生型有機農業により、土壌に炭素が蓄えられ二酸化炭素の排出に貢献するということと共に、農耕方法にも良い影響を与え、農業が豊かになるということです。
個々の農家による取り組みは進んでおり、もともとあった農地に外から微生物をあえて持ってくることで、土壌の多様性と豊かさを取り戻し、有機農業を作っていくということに重点がおかれています。産業の効率化のために化学肥料を一旦使ってしまうと、長期的に見て土壌が汚染されてしまい、元の土壌に戻すことは難しく、土壌が炭素貯留の機能を果たすことはできなくなります。逆に考えれば、有機農業こそが土壌の炭素貯留を可能にしていくということが言えるのです。
化学物質を使わない有機農業が、4パーミルを実現する手がかりとなり、さらに私たち人間にとっても、農耕方法を改め土壌炭素を維持することにより、農地の生産性を維持することにもつながる為、持続可能な食糧生産にも役立つ事が考えられます。「4パーミルイニシアティブ」の取り組みは、地球温暖化対策の一つの方法になると共に、私たち人間にとっても“食”という生きる上で欠かせない部分においても、重要な働きになっていくのです。
不可能で非現実的だという意見
ところで、毎年4%も土壌炭素を増やすということは、不可能で非現実的だという批判もあります。また、無理に有機物を土壌に埋めたところで、きちんと管理が行われなければ、すぐに分解されてしまい大気中に放出されてしまうという問題もあります。この4%という数字に対しても、推計がきちんと行われているのか、というそもそもの問題も挙げられています。
しかし、これらの意見したいしても、「土に有機物が増えれば、長期的には土地の生産性が上がることは明らかで、水源にもプラスの影響が見込める。それに加えて、温室効果ガスの増加を食い止める力がある。4パーミルは必達目標ではなく、ただそちらの方向に進むことで、前向きな効果が見込まれるのであるから、それを進めるべきだ。」と、専門家や提案を行ったフランス政府は述べています。
大事なことは、4パーミルが困難な目標であったとしても、土壌炭素を維持増進する事が気候変動を緩和することになり、さらに持続可能な食糧生産にとってもプラスとなり、相乗効果が生まれるということです。4パーミルに達しなくとも、土壌を持続的に管理していくという取り組みは、地球環境にとって大きな貢献になるという面で、非常に価値のあることなのです。
最後に
様々な地球温暖化対策が挙げられている中で、土壌を活用した「4パーミルイニシアティブ」についてはまだあまり広まっていないかもしれません。しかし、私たちの“食”にも関わっている農地の利用、土壌の利用について見直すことで、温室効果ガスを緩和する事ができるのです。
温室効果ガスが一因である、気候変動による環境破壊や人的被害は深刻さを増しています。気温上昇は私たちが実際に体感している気候変動の一つでしょう。今から10年後の2030年まで、世界気温は産業革命前の水準より、1.5度上昇するという見解が目立っています(国際連合の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書により、公表されています)。
また、2015年のパリ協定にて、楽観的な目標として1.5度という数字が設定されました。1.5度の上昇を回避するためには、2030年までにCO2の排出量を半減させ、2050年までにカーボンニュートラルを実現する必要があると報告書に述べられています。
この気温上昇を抑えるための一つの手段として、植林や土壌の炭素固定など、大気中のCO2を集めて、地中に封じ込めていくという技術を発展させていく必要があるのです。
この土壌の活用には、まだ知られていない土壌内の生物や仕組みを解決していく事が必要となり、4パーミルを達成することは容易ではありません。また、その他の不明確な課題も挙げられています。しかし、私たち人間が利用してきた資源、その資源利用により引き起こしてしまっている環境問題に責任を持って取り組み、あらゆる可能性を模索していくことはとても重要です。
化学肥料による土壌汚染など、土壌を活用できなくなってしまう、または活用するのにさらなる時間が必要となってしまうという現状もあります。そうなると、「4パーミルイニシアティブ」の取り組みを行っていくには様々な困難を伴うことになります。少なくとも人間が、利便性やスピード性を求め自然環境に負荷を与えてきてしまっているということを理解する事が、環境問題解決の個人でできる第一歩となると思います。
直接的には繋がらなくても、一人一人の日々の購買などの行動が、環境に間接的に負荷を与えてしまっていることもあるのです。そして、温室効果ガスなどによる地球温暖化は、地球で暮らすあらゆる生物や私たち人間に直接的に関わっているのが目に見えて明らかです。今のままでは、地球2個分以上の資源がないと今後何十年も生きていく事ができないということも話題になっています。今一度、自分たちの生活、環境を見つめ直し、地球と共に生きていくには何ができるのか考えてみてください。