紙ストローは救世主となりうるか?
所属:東京大学
インターン生:A.Iさん
近年、海洋プラスチックごみによる生態への影響が問題視され、一つのソリューションとして、紙ストローの導入が進んでいます。スターバックスやマクドナルドといった世界的飲食チェーン、従来のプラスチックストローから紙ストローへの転換を推し進めているのです。しかしながら、昨年8月、英紙サンが驚きのニュースを出しました。マクドナルドの紙ストローは紙が分厚いため、リサイクルできずに廃棄されていたというのです。果たして紙ストローの導入は本当に意味のあることなのでしょうか?
海洋ゴミ問題を浮き彫りにした一本の動画
紙ストロー導入ムーブメントの発端は動画投稿サイトYoutubeに投稿された一本の動画でした。2015年の夏、米テキサスA&M大学のクリスティーン・フィグナー氏率いるチームは、ウミガメの交尾を調査していた際、10センチほどのストローが鼻に刺さったオリーブヒメウミガメを発見しました。
流血しながら藻掻くウミガメを抑えながら、ストローを引き抜くショッキングな映像は、2018年になり一気に拡散されました。たった8分の動画は既に400万回近く再生されており、プラスチックストローへの世界的な反対運動を引き起こしたのです。
なぜプラスチックが海中を舞うのか
クリスティーン・フィグナー氏は後の取材にて、ウミガメの体内や口内からプラスチックごみが見つかる事はよくある事だと話していました。なぜウミガメの体内からプラスチックごみが見つかるのでしょうか?
それは、我々の使用したプラスチック製品のリサイクルが完全には行われていないからです。処理コストが嵩むプラスチックごみの一部を人件費の安い途上国に輸出することで先進国は処理コストを抑えています。
「国際リサイクル」という名目でごみを途上国に押し付けているのです。アメリカ、ドイツに次いで廃プラスチックの輸出量が3位である日本は、国内で発生した廃プラスチックの内一割程度を輸出にまわしています。
途上国に行きついたゴミは、埋め立てられたり、海に廃棄されたりすることで形式上処理されたことになります。適切に処理されず、海に廃棄されたプラスチックごみはどうなるでしょうか?
最初は大きなプラスチックごみも、波の力や紫外線を受け、ゆっくりとマイクロプラスチックへ変化していきます。小さくなったプラスチックを海洋生物は海水と一緒に飲み込み、体内にとりこんでしまうのです。もし人間がマイクロプラスチックを飲み込んだ魚を食べたらどうなるでしょう?我々は知らず知らずの内に体内にプラスチックを取り入れてしまうのです。
海洋プラスチックごみ問題対策
このような問題を受け、世界中の国や自治体がプラスチック製品の削減に向けた政策を打ち出すようになりました。ストローに限ってみれば、バヌアツにおけるプラスチックストローの全面禁止や、台湾での、飲食店におけるプラスチックストローの提供禁止の政策などが挙げられます。
プラスチックストローに代わる、環境負荷の少ないストローとして登場したのが、クラフト紙で作られた紙ストローです。スターバックスなどの世界的チェーンによる導入の発表や、行政によるプラスチックストローの規制の発表などを受けて、多くの企業が紙ストローの生産に乗り出しました。
さて、なぜ生分解性プラスチックのストローではなく、紙ストローへの転換が進んだのでしょうか。ストローのメーカーからすれば、プラスチックを熱で成型する技術と紙を重ね合わせ成形する技術は全く別物であるので、プラスチック自体を生分解性プラスチックに転換する方が、技術やノウハウも引き継げて手間が掛かりません。
理由の一つには生分解性プラスチックの分解が簡単には進まないことが挙げられます。まず、バイオPBSやPLAといった生分解性プラスチックは水環境で分解されません。仮に分解可能なPHBHだとしても、分解に数年程度の期間を要するのです。次から次へと発生するプラスチックごみが全て生分解性プラスチックであったとしても、一つ一つの分解に数年を要するのであれば、あまり効果は見込めません。
生分解性プラスチックのみを集め、専用の機械でバクテリアが活発な状況を作り出し、処理するという対策も考えられます。しかしながら、プラスチックの回収において通常のプラスチックと生分解性プラスチックの区別を行っていない日本などでは、行政が主体となって大規模に動かなくては実現が難しいのです。
一方、クラフト紙であれば、生分解性プラスチックに比べても比較的早いスピードで地中分解されます。また、自然食品由来のインクを使えばお店のロゴや柄が印刷もできるので、紙ストローはプラスチックストローに代わるものとして有望に思えます。
紙ストローの問題点
上で紙ストローの良い点を挙げましたが、いくつか欠点もあります。紙ストローはストローとしての機能性が低く、一本当たりのコストもプラスチックストローより5〜10倍かかってしまうのです。(プラスチックストローが一本0.8円程度で購入できるのに対し、紙ストローは一本9円程度かかってしまう。)
また、紙は水に弱いので、紙製ストローは長時間使い続けるとふやけてしまいます。ふやけるとどうなるでしょうか?誤って子どもが噛み切ってしまうかもしれませんし、飲み物に紙が溶け出る心配もあります。
紙ストローが普及していく中で、紙製だからと言って必ずしもリサイクルがなされるわけではないという事もわかってきました。2019年8月、英紙サンが驚きのニュースを出しました。
2018年、マクドナルドはイギリスとアイルランドのすべての店舗でプラスチックストローを廃止し紙ストローを導入しましたが、その紙ストローが全くリサイクルされていなかったというのです。
導入時は100%リサイクル可能と謳われていたマクドナルドの紙ストローでしたが、紙が分厚すぎてリサイクルが困難であると記された内部文書が発見されていました。また、マクドナルドで人気のシェイクが飲みにくい、と消費者の反応も悪く、遂にはプラスチックストローの再導入を求める署名運動まで起きてしまいました。
紙ストロー導入の効果
果たして、プラスチックストローを廃止して紙製ストローを導入することは本当に効果があるのでしょうか?米国立公園局に拠れば、米国だけで一日5億本のストローが消費されているそうです。
年間で1825億本という数値はインパクトがあります。しかし、本数ではなく重量で捉えるとどうなるでしょうか?現在海洋に浮かぶプラスチックは160トン程度と見積もられており、毎年8トン程、新たに海洋に流出していると考えられています。スタンフォード大学の資料によると、その中でプラスチックストローが占めているのは1%に満たないのです。
どんなに日常での消費数が多くても、一本当たりの重量が小さいので、他のプラスチック製品に比べたストローの影響は低いのです。日常の消費数が多いために、企業がプラスチックストローから紙ストローへ転換することは、環境へ配慮する企業姿勢のアピール、ブランド価値の向上に繋がります。
そのため、企業はコストをかけてでも紙ストローの導入を進めます。行政もまた、地球環境に配慮する姿勢を見せるために、プラスチックストローを全面禁止したり、紙ストローへ補助金を出したりするのです。
紙ストローへの転換により見込める良い影響として、一般市民における環境意識向上がしばし挙げられます。しかしながら、日常使うストローにおいて、安くて使いやすいプラスチックから機能性の低い紙ストローに変化した際に、「機能性が低くても紙製に転換しなければならない程プラスチックごみの問題が深刻である。」と捉える消費者は稀で「機能性が良いプラスチックストローに戻せ。」と主張する消費者が生まれてしまう事はマクドナルドの例を見ても明らかです。
紙ストローの導入の是非
上の話を踏まえた上で、紙ストローの導入は本当に必要なのでしょうか?「プラスチックストローの廃止」の妥当性と「紙ストローの導入」の妥当性は、あくまでも異なる文脈で議論されるべき話題であることを忘れてはいけません。
現状の海洋プラスチックごみの事を考えれば、現在のスタイルのプラスチックストローは撤廃すべきだと思います。しかしながら、紙ストローの導入が現状の最適解だとは思えません。
タピオカ入り飲料等一部の飲み物を除けば、飲み物はストロー無しで簡単に飲むことができます。飲食店にとってストローの提供は必須なのでしょうか?そうではないと思います。
ステンレスや竹、ガラスでできた繰り返し使えるストローが広く販売されています。再利用可能な材料で作られたストローの利用に目を向けてはどうでしょうか?ストローが必要な人はマイストローを持ち運び、使い捨てストロー自体を撤廃する、そんな時代が来ても良いのではないでしょう。