公害を防ぐために企業がするべきこと

2019年02月27日

所属:目白大学

インターン生:T.Kさん

公害を防ぐために企業がするべきことの写真

2019年2月24日に世界の環境被害をテーマにした国際フォーラムが熊本県水俣市で開催されました。この会議が開催された熊本県水俣市は日本における四大公害のうちの一つとして有名な水俣病が確認された地域です。この記事では水俣病を中心に過去日本で起こった公害を紹介し、公害がもたらした環境破壊と人への被害、防ぐためにするべきことをまとめていきます。

公害の始まり

公害には実に多くの種類があります。公害として知られているものには大気汚染、水質汚濁といったものから最近では2011年に発生した福島原子力発電所から漏れ出た放射性物質の拡散によって農作物や水産物の汚染もあります。

公害問題の始まりは明治時代までさかのぼります。明治時代は近代工業の隆盛期であり、特に重工業が発展しました。重工業に必要不可欠なのは石炭であり、東京、大阪を中心とした都市に多くの工場が建設され、重工業に使用するため大量の石炭が燃焼されました。

その結果、大量の硫黄酸化物や煤塵が大気に放出され視界を多い尽くすほどになりました。そして、明治時代に起こった公害問題で有名なのは1868年に起こった足尾銅山鉱毒事件でしょう。

この事件は、栃木県の渡良瀬川流域が足尾銅山から流れ出た高濃度の硫酸などによって汚染され、川に住んでいた鮎が大量に死んだり、川の水を使われて育った稲が枯れるという現象が起こりました。

また、足尾銅山から採れる銅を精錬するときに発生する亜硫酸ガスによって銅山付近の森林が汚染され、枯れ始めるといったことも起こりました。この公害事件は当時議員であった田中章造氏が明治天皇に対して直訴行動を起こしたことによって広く知られるようになりました。

四大公害病の概要

公害の中でも四大公害病といわれる四つの公害病は他の公害と比較しても多くの被害者、死亡者を記録しました。最初に起こったのは1922年には富山県神通川のイタイイタイ病が発生しました。

これは、四大公害病の一つに数えられる病気であり、神通川の上流にあった三井金属鉱業神岡鉱業所から神通川に流されていた排水に含まれるカドミウムを農作物を通して摂取することで発症するといわれていますが詳しいことはいまだにわかっていません。

イタイイタイ病は腰痛や下肢の筋肉痛から始まり、体を少し動かしたりするだけでも全身に激しい痛みが起こり、歩行障害になったり、骨折しやすい体になってしまいます。

平成13年に判明したイタイイタイ病の患者数は185名、その内生存者数はたったの5名、要観察者判定数は401名、その内生存者数はわずか3名でした。

また、公害病と公式に認定される基準が厳しく骨軟化症でなければ公害病の患者とは認めてもらえませんでした。そのため、健康被害が出ているにもかかわらず公害病の患者と認められなかったために国から保障を受け取ることができなかった患者の方々がいました。

そして、1961年には次の四大公害病四日市ぜんそくの被害が確認されました。これは、三重県の四日市で起こった大規模な大気汚染です。この汚染の原因となったものは亜硫酸ガスという二酸化硫黄がガス状になったものです。

この亜硫酸ガスが呼吸を通じて人間の体内に侵入し、気管支炎、気管支喘息、咽頭炎などの呼吸疾患を引き起こします。症状が悪化すれば呼吸困難によって死亡したり、心臓発作、肺がんを併発することもあります。

この公害病による被害者数は1000人以上と言われており、死亡者数は認定された限りでも600人にも上ります。この病気の原因物質である亜硫酸ガスは石油から作られる化学製品を製造する過程で石油化学コンビナートから排出されており、さまざまな企業の工場から排出されていました。

煙によって空が覆いつくされるといった写真やマスクをしないと外出することすらできなくなるほどに大気は汚染されていました。また、このような事例は三重県の四日市だけではなく東京などの大都市でも同じように汚染物質が大気に充満しており健康被害を訴え出る患者は多くいました。

そして、1967年9月1日に四日市公害裁判の提訴が行われました。同年10月31日にこの公害の被害者のうちの一人であった南君枝さんは当時15歳という若さでなくなるということも起こりました。1972年7月24日に公害病の裁判で勝訴しました。

しかし、同年11月6日に原因となった石油化学コンビナートを経営していた企業が直接交渉を避けるという不誠実な対応をとりました。このように四大公害病は他の公害とは比べ物にならない数の被害者数と死者数を記録しています。その中で筆者が注目したのは1956年に熊本県水俣市で起こった水俣病です。

水俣病とは

水俣病とはどのような病なのでしょうか。1968年9月26日に政府が発表した公式見解によると水俣病は工場排水に含まれる有機水銀の一種であるメチル水銀化合物が魚介類を通して人間の体内に入り、脳の神経細胞を破壊する病気です。

これにより、触られいることや熱い、寒いといった感覚がわからなくなったりする感覚障害、手が震えや歩くときにふらつきが出る、端をつかむなどの細かい動作ができなくなるといった運動失調、筒を通して物を見ているかのように視野が狭くなる求心性視野狭窄、他には手足に痺れを感じたり食べ物の味がわからなくなったり、言葉が出にくくなったりなどの症状が現れます。水俣病の治療方法は現在でも発見されていません。そのため、現在でも水俣病によって苦しんでいる方々がいらっしゃいます。

この病気による被害がはじめて公式に確認されたのは1950年後半であり、熊本県八代湾付近で貝類が死んだり、魚が浮き上がっていたり、海草が育たなくなるなどの被害が確認されました。

また、沿岸部では猫が狂い死にするということもありました。人に被害が出たのは1956年4月21日で熊本県水俣市の月の浦地区の幼児が口が聞けなくなる、歩けなくなる、食事ができなくなるといった症状を訴え、病院に受診しました。

その後、水俣保健所を中心に水俣市、市の医師会、新日本窒素肥料株式会社水俣工場付属病院、市立病院の調査によって同じような症状を訴える患者が確認され、1956年の末には1953年の12月から症状が出ていた54人の患者と17人の死亡者が確認されました。

当時、この病気の原因がすぐには判らなかったために水俣地方特有の風土病、伝染病、遺伝子病ではないかという噂が流れました。そのため、結婚や就職に当たって激しい差別にあった人々もたくさんいました。

また、この公害によって水俣市の水産物や観光に悪いイメージが付いてしまい、地域の産業に打撃を与えました。そのため、水俣市は1973年に病名変更を求める署名活動を行いました。

また、水俣病の患者は一目ではわかりにくいため、水俣病に認定されなかった患者がいます。そのため、水俣病に認定されなかった患者の人たちが国に対して少しでも認定基準を緩和するように求める裁判を起こしました、その結果、2004年に最高裁判所の判決で基準が少し緩くなりました。

水俣病に注目した理由

なぜ、筆者はこの水俣病に注目したのか。それは熊本県水俣市で起こった水俣病は企業が迅速かつ適切な対応をとっていれば被害をもっと抑えられたかもしれない公害なのではないかと感じるからです。

水俣病が起こった当時には公害という概念がまだありませんでした。そのため、この事件に対する行政や企業の対応はとても杜撰でした。熊本大学の研究班は1956年11月3日に、大学の医学部において同研究班員、県衛生部職員及び水俣市奇病対策委員の出席のもとに中間報告会を開き、「本疾患は、当初考えられた伝染性の疾患ではなく、ある種の「重金属による中毒」と考えられ、人体への侵入は主として現地の魚介類によるものであろう」と報告しました。

1957年に水俣市の漁業組合は工場に排水を停止するように求め、熊本県知事に排水対策を講じるように求めましたが何の対応もありませんでした。1957年の3月には工場の内部でも工場から流れ出ている排水が水俣病の原因なのではないかと考える人もいました。

しかし、当時の熊本県と通商産業省は原因物質が正確にわかっていないという理由で排水への対策を行うことはありませんでした。さらに、政府や熊本県は水俣病の原因ではないかと疑われていた工場の排水についてまったく調べようとはしませんでした。

また、県が行った対策会議は「水俣病と工場排水には因果関係はない」ことを前提にした会議であり、住民に対して水俣病が発症する原因となる汚染された魚介類を食することへの措置も取りませんでした。

そのため、排水は流れ続け住民たちは汚染された魚を食べるしかなかったのです。1958年7月に厚生労働省が水俣病の原因は新日本窒素肥料株式会社の工場排水であると発表しました。

しかし、工場と通商産業省は原因となる物質はまだ確認されていないことを理由に厚生労働省の指摘を批判しました。また、県も対策を講ずることもありませんでした。

1959年4月以降に今度は不知火海で漁をしていた漁師が水俣病を発症しました。これは、工場が排水を不知火海のほうに流し始めたことが原因であるとされています。

1959年の7月22日に熊本大学の研究班は水俣病の原因が有機水銀であると発表し、不知火海一帯の漁師たちが工場に対して排水と工場の稼動停止を求めました。

しかし、工場と通商産業省は水俣病の原因が工場排水に含まれる有機水銀であるという説を否定しました。1959年の11月には厚生労働大臣の諮問を受けた際に食品衛生調査会は熊本大学の研究班が出した結論を元に水俣病は水俣湾の魚介類を食べることによって起こる神経の中毒疾患であり、その原因は有機水銀であると答えました。

しかし、当時の通商産業省大臣であった池田勇人大臣は水銀と結論付けるには早すぎると発言し、厚生労働大臣の報告を認めませんでした。このように通商産業省と工場経営者と熊本県は水俣病の原因が工場排水に含まれる有機水銀が原因の公害であるとは認めませんでした。

また、通商産業省は住民に対して排水を浄化したため、水俣病の不安はなくなったと発表しました。しかし、これは嘘の情報であり、実際は変わらず工場は有害な排水を流し続けていました。

熊本県の衛生研究所の松島義一氏が1962年までに調べた2700人分の毛髪水銀データによると時がたつにつれて相対的に不知火海で水銀の量が増加傾向にあるということがわかりました。

一方で熊本県は汚染源の調査も住民の健康状態に関する調査も全く行っていませんでした。1963年2月に水俣病の原因物質である有機水銀の1種の塩化メチル水銀が工場でのアセトアルデヒドを作る過程で生成されていたことが公表されました。

しかし、政府も県も特に対策は行いませんでした。その結果、1968年の5月に工場でのアセトアルデヒド工程が廃止されるまで不知火海に有害な有機水銀は工場排水として流され続けました。

そして2年後、別の県でも水俣病が発生してしまいました。それが後に四大公害の一つになる新潟県で発生した第二の水俣病です。さらに、この時高度経済成長によって引き起こされる環境破壊に対する意識が高まっていました。

その結果、原因が曖昧なままになっていた熊本県での水俣病への原因究明の声が大きくなり始めました。その結果、1968年9月26日に政府は水俣病の原因が新日本窒素肥料株式会社の水俣工場のアセトアルデヒド製造過程で生成されるメチル水銀であることを発表しました。

このように、環境汚染に対して一部の行政や環境汚染を行っていた企業は認めようとしなかったため、被害が拡大したといえるでしょう。もし、企業や行政が迅速に適切な対応をとっていれば水俣病で苦しんでいる方々を減らすことができたのかもしれません。

水俣病の被害者の会全国連絡会の中山祐二事務局長は「被害を食い止める機会は何度もあったが、国はチッソ(新日本窒素肥料株式会社)擁護に終始した」と発言しています。現在でも水俣病によって苦しんでいる方々は多くいらっしゃいます。

水俣病は企業が利益の獲得や損失の回避を第一目的にし、企業が社会において担うべき役割や責務を放棄していた、あるいは無関心であったことが原因であるといえるでしょう。

そのため、水俣病から学ぶべき教訓は企業は社会に対して強い影響力を持っているため、企業が自社の発展だけでなく、社会全体の利益を意識した活動を行うことが必要であるということです。

環境保全活動は国、政府が行うべきことであると考える人々もいるかもしれません。もちろん政府が汚染物質の排出を規制することも重要なことです。

しかし、四大公害病やその他の公害病での過去の政府の対応を見る限りどうしても対策が後手に回っているように見受けられます。公害が発生した場合に最も早く対応したのはその地方に住む住民によって組織された地方組織や地元医師の方々でした。

政府は強力な力を持つ組織ですがその反面、対応が遅くなることが多いため、政府に対して過度に期待することは間違っているのではないでしょうか。そのため、前もって企業が環境保護に対して意識を向け、活動することが重要であるといえます。

企業が行うべき活動

こういった企業による活動はCSR活動と呼ばれており、企業の社会への影響に対する責任と定義されています。CSR活動として主なものは環境に配慮した商品を作ったり、企業が環境保全活動を行ったりするものがあります。

最近では、CSR活動に対して理解を示す企業も日本国内で増えてきています。具体的には、ダイキン工業が行ったRe:エアコンプロジェクトがあります。

これは省エネエアコンの機能の一つである快適エコ運転機能を使用するとポイントがたまり、リモコン画面で木が育つ様子を見ることができるというものであり、木が育ちきったらダイキン工業が国際NGO活動と提携して行っているインドネシアの植林活動の植林地にリモコン画面で木を育てた人の名前を書いてもらえるというシステムです。

昨今、環境保全に対する消費者の意識は高まってきており、似たような商品で同じような値段ならばより環境保全を意識した商品に購買意識は向くでしょう。

そのため、ダイキン工業の行ったCSR活動はダイキン工業の商品の大きなアピールポイントになっています。このようにCSR活動は利益とは全くの無関係ではなくCSR活動を通して、自社製品をアピールする材料になったり、顧客に企業に対して良い印象を持ってもらうことができます。

しかし、CSR活動をするといっても具体的に何をすればいいのかわからないと考えている企業も多く存在します。なぜなら、CSR活動はただ漫然と環境保護活動や奉仕活動を行えばいいというわけではなくその活動を通して必ず一定の利益が生まれるようにしなければいけないのも事実です。

そのため、企業が行うCSR活動には話題性がないといけないのです。以上のことから、今も進んでいる公害による環境破壊を食い止めるにはそれぞれの企業がどんなCSR活動を行うべきかを明確にすることが重要であるといえます。

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