パーム油の抱える問題
所属:慶應義塾大学
インターン生:T.Sさん
現在世界で最も多く消費されているパーム油ですが、その反面多くの危険性を持っています。その危険は環境や野生動物だけでなく私たち人間にも及びます。この記事では、パーム油生産の実態と危険性について説明します。
パーム油とは
パーム油は熱帯地方で見かけられるアブラヤシの果実から搾油された植物脂のことです。パーム油は比較的安価に手に入れることができ、固体でも液体でも使用することができるため使いやすい油として認知されています。
またスキンケアや老化防止に効果があるとも言われています。一方で、パーム油が生産されるアブラヤシ農園は、数千から数万ヘクタールの土地を利用するため、森林の減少やそれに伴う生物の減少など、環境への大きな影響が問題となっています。
またそれに加え、広大な農地を必要とし、また労働集約的な産業であるために、以前からその土地で暮らしている地域住民との土地を巡る紛争や労働者の権利侵害等、社会的な面からの問題も指摘されています。
さらにパーム油を生産している主な国々は、政府組織がずさんな途上国が多く、こうした問題の背景に汚職が絡んでいるケースも少なくありません。また、下記の図からわかるように、近年パーム油の生産が大幅な上昇傾向にあります。このまま生産量が増え続ければ、環境はますますひどくなり野生生物の居場所を奪うことになってしまいます。
森林の減少
アブラヤシは収穫してから24時間以内の搾油が必要であるため、広大な農地とそれに見合う大きさの搾油工場が併設されることが最も効率が良いとされており、大規模な農園になってしまうことが大きな特徴となっています。
現在、世界のパーム油生産の85%を占めるインドネシアとマレーシアでは、アブラヤシ農園開発のために森林が伐採されていることが大きな問題となっています。
1990年~2010年までの20年間で約360万ヘクタール(日本でいうと九州地方に相当する面積)の森林が、アブラヤシ農園に転換されました。商業伐採によって森林が部分的に荒廃した場合は時間とともにある程度の再生は可能ですが、アブラヤシ農園の場合は森林を皆伐してつくられるため、そこにあった森林生態系はすべて失われてしまうのです。さらには、伐採や森林火災によって大量の温室効果ガスが排出されるという負の連鎖が起こることもあります。
生物多様性の喪失
パーム油の生産場所は、多種類の生物が生息する熱帯地域に集中しています。オランウータンやゾウなどの絶滅危惧種やほかの野生生物も、パーム油生産による森林の減少により住む場所を失っています。
東南アジアの島々では多数の野生生物が犠牲となっています。ボルネオ島のピグミーゾウの生息数は1500頭以下で、オランウータンは生息地の80%が既に失われました。
スマトラ島でも、2013年時点でゾウは数千頭以下、オランウータンは6600頭以下、トラは500頭程度にまで減少していると報告されています。野生生物の生活圏に人間が踏み入るようになった結果、野生生物がアブラヤシ農園の害獣として捕獲、あるいは殺害されるという事例も後を絶ちません。
インドネシアでは、このような被害を受けているオランウータンを保護・救出するための取り組みが国内外の団体によって行われていますが、野生復帰させるための森林自体がアブラヤシ農園等の開発により減少しているため、保護や救出活動は対症療法にしかならないという現実を抱えています。
森林火災と気候への影響
2015年、インドネシアでは大きな森林火災とそれに伴う煙霧が発生し、日本の年間排出量を上回るほどの大量の温室効果ガスが排出されました。インドネシアでは繰り返しこういった森林火災が起きており、その主な原因はパーム油生産を目的とした野焼きだとされています。
さらに、乾季に起きている森林火災は泥炭地の開発とも関連しています。泥炭地とは常に水に浸かっているため植物が分解されずに堆積してできた土壌のことで、大量の炭素を含んでいます。そのため、泥炭土壌が空気と接することで温室効果ガスが排出され火災のリスクも大きくなってしまいます。
土地をめぐる問題
アブラヤシ農園の開発のために使われた土地の中にはもともと先住民族が暮らしてきた土地である場合も少なくなく、住民の同意や適切な補償もなく強引に開発がすすめられたため、住民との衝突は避けられず訴訟は数千件にも及んでいます。
ただ、こういった土地に関する問題は曖昧な部分が多く、地域住民の土地に対する権力が企業や政府によって認識されてないこともあります。アブラヤシ農園の境界に関する情報が一般に公開されていないことから、問題解決に向けた取り組みが難しい状況にあるのも事実です。
労働者や子供の人権侵害
アブラヤシ農園は多くの日雇い労働者に支えられており、移住政策により移住してきた人々が大多数となっています。しかしその実態はひどく、最低賃金を無視した歩合制賃金、厳しいノルマ設定、児童の労働など人権侵害に当たる状況がみられます。
農園の中に設置されているのは小学校のみで、義務教育である中学校がないために教育を受けられない子供たちもいます。このようにアブラヤシ農園では労働者への負担が大きく、また教育の機会が欠如しているという問題もあります。
違法操業や汚職
以上に挙げたようなアブラヤシ農園開発に伴うさまざまな問題の背景には、違法な操業や汚職が関与している場合もあります。インドネシアやマレーシア(特にサラワク州)政府の脆弱なガバナンスや汚職の蔓延は多くのNGOにより指摘されており、現地政府により与えられた開発許可や合法性証明であっても完全に信頼することはできません。
大規模な開発が可能となっているのは、地域住民の土地権を軽視し、企業に土地配分を行うことで、政府高官や政治家が私財を蓄えるという構造があり、土地開発権の認可が汚職の温床となっています。
また、こういった状況の中で、本来のやり方を無視した違法な操業が野放しにされている場合があります。例えば、無許可の農園開発、地域住民の土地権を無視した開発、禁止されている野焼きで森林火災が起きる場合や法律により保護されている国立公園にもアブラヤシ農園が広がっている事例もあります。
持続可能なパーム油にしていくために
パーム油生産に付随する問題を解決するために、2004年、「持続可能なパーム油のための円卓会議」(RSPO)という、パーム油の生産から加工製品の流通に至るまでのステークホルダーを巻き込んだ「持続可能なパーム油」の生産と利用を促進する非営利組織が設立されました。
RSPOは新たに貴重な熱帯林等を伐採することなく、環境や労働者の権利に配慮した持続可能なアブラヤシ農園のあり方を示し、それに沿った農園や搾油工場を認定する制度を構築しました。
RSPOは持続的なパーム油生産に求められる法的、経済的、環境・社会的要件を「原則と基準」としてとりまとめました。具体的には、以下のような8つの原則と43の基準を定め、新たに手付かずの森林や保護価値の高い地域にアブラヤシ農園を開発しないこと、労働者・小規模農園との公平な関係などを求めています。
- 透明性へのコミットメント
- 適用法令と規則の遵守
- 長期的な経済・財政面における実行可能性へのコミットメント
- 生産及び搾油・加工時におけるベストプラクティス(最善の手法)の採用
- 環境に対する責任と資源及び生物多様性の保全
- 農園、工場の従業員及び、影響を受ける地域住民への責任ある配慮
- 新規プランテーションにおける責任ある開発
- 主要活動分野における継続的改善へのコミットメント
終わりに
最後に、パーム油は実際私たちの生活とどれくらい深く関わっているのかを紹介します。パーム油が使われている主なものは以下の通りです。
食品
ポテトチップス、スナック菓子、インスタントラーメン、チョコレート、アイスクリーム、植物性生クリーム、冷凍食品、お惣菜の揚げ油、マーガリン、ショートニングの一部原料など
食品以外
石鹸・洗剤・シャンプー、界面活性剤、脂肪酸・グリセリンの原料、塩ビ安定剤、プラスチック、樹脂・塗料・インク、医薬品、化粧品、潤滑油、ディーゼル油、爆薬等
私たちが日常で使うもののほとんどにパーム油が使用されていることが理解いただけたと思います。パッケージに記載されている原材料名の欄には植物油脂とだけしか書かれていないので、何のことかわからなかった方もいらっしゃるかもしれません。
これだけ私たちの生活と深くかかわっているパーム油は、当然重要視されるべき問題なのです。私たちの豊かな暮らしと引き換えに、多くの生物が危険にさらされ、自然環境も悪化しています。まずはパーム油の危険を知ることが問題解決への第一歩となります。そうして問題解決への働きかけが増え、いずれは環境に悪影響を与えない安全なパーム油生産が実現されることを願います。