青潮の発生とその予防に向けて
所属:東京大学
インターン生:K.Nさん
最近よく話題になる青潮。上空から見た写真は一見すると海がエメラルドグリーンに輝いていて、とてもきれいです。何も知らなければそう言ってしまうかもしれません。ですがこれは非常に良くない事態です。ここでは、青潮に関する既往の知見を整理するとともに予防策についても併せて述べていこうと思います。
青潮とは
そもそも、「青潮」という単語を聞いたことがあるでしょうか。あまり聞きなじみのない言葉かもしれません。同じく海域で発生する水質異常現象で、青潮に似た言葉に「赤潮」がありますが、こちらは聞いたことのある人が多いと思います。赤潮は富栄養化によるプランクトンの異常繁殖によって海水表面が赤く染まる現象です。
赤潮と青潮の認知の差異は発生回数に由来していると考えられます。東京湾での事例を見ると、赤潮はここ数年では、1年に30回程度発生しているのに対して、青潮はここ数年では1年に3回程度しか発生しません。
青潮は、湾の底層で発生した硫化物が浮上した時に酸化されて生成する硫黄によって起こるもので、赤潮と同じく魚介類の大量斃死を招く恐れがあります。
青潮の発生メカニズム
青潮の発生メカニズムは複数の遠因が重なり合っているためやや難解です。今回は、東京湾に絞って青潮の発生メカニズムを紹介します。
1)貧酸素水塊の形成
夏になると、気温の上昇に伴って微生物が増殖したり、場合によっては赤潮が発生したりします。赤潮などによって生じた大量のプランクトンが死滅すると、死骸は海中に沈んでいきます。
海中に沈んだ死骸は、海中に居る微生物のはたらきによって分解されますが、このとき、水中に溶けている酸素(溶存酸素:DO; Dissolved Oxygen)が使われます。死滅した微生物が多量であればあるほど、分解に用いる酸素の量も増加していきますが、その一方で水中の酸素量は限られているため、底層に貧酸素水塊が形成されます。
2)貧酸素水塊中での硫化物の生成
貧酸素水塊の形成によって、底層が嫌気的状態(すなわち、酸素分子の介在しない状態)になります。この状態下では私たちのような好気性生物(酸素を使って呼吸をする生物)は生きていくことができません。 しかし、地球上には様々な生物がいて、酸素を使わずとも生きていくことのできる生物である、嫌気性菌もいます。
その一つが、硫酸還元細菌という細菌です。海水中には、ナトリウムイオンなどをはじめとして多くのイオンが存在していて、硫酸イオンは、海水中に多く存在するイオンの一種です。硫酸還元細菌は、硫酸イオンを用いた呼吸をして(つまり、硫酸イオンを硫化物まで還元することによって活動のエネルギーを得て)生きています。
湾内底層の貧酸素水塊の中では、こうした硫酸還元細菌のはたらきによって硫化物(硫化物イオンや硫化水素)が生じます。
3)貧酸素水塊の湧昇と青潮の発生
夏から秋にかけて、東京湾では北の方から、具体的には市川市や船橋市の方から東京湾に向かうような方向に季節風が吹きます。この風によって、市川市や船橋市付近の海水面が一時的に下がり、硫化物を含んだ底層の貧酸素水塊が、流れに乗って表面に浮上してきます。硫化物は、空気中の酸素と反応すると酸化されて硫黄コロイドを生じ、これが海を白濁させ、青潮となります。
ちなみに、硫黄の単体は黄色ですが、海水中では白っぽく見えるため、青潮は海が白濁するとか、海がエメラルドグリーンになるといった現象になります。
青潮による被害
青潮は、すなわち貧酸素が原因で起きる現象ですから、青潮が起きているということは、すなわち海水中に酸素が少ないということになります。このような環境下では、湾内の魚や貝は生きていけず、水生生物の大量斃死を招きます。
また、私たちへの直接的な健康被害もあります。青潮は、白濁した硫黄のコロイドの中に未反応の硫化水素を含んでいる場合が大抵なので、硫化水素の腐卵臭がする場合があり、悪臭を伴います。
青潮が注目される理由
1)東京湾の環境面からの問題
東京湾の底部は実は穴だらけです。いわゆる、浚渫窪地の問題です。これは、日本の高度経済成長期に、日本が大量のコンクリートを必要としたため、通常は使わない、海底の土砂もコンクリートの原料として用いたことによるものです。海底の窪みは深さ数十メートルにも達するので、窪み内部での水の交換性が悪く、貧酸素水塊が形成されやすくなってしまいます。
今述べたような人工的な問題のほかにも、自然条件による問題もあります。内湾は、そもそも密度成層が形成されていて、海水の上下方向の交換性が悪いです。加えて、東京湾の閉鎖性が高いことも、海水の交換性を悪化させている要因の一つです。
2)知識・技術的な問題
青潮については、定性的な発生メカニズムは前述したようにほぼ明らかになっています。しかしながら、青潮の定量的な発生メカニズムは未だ明らかになっておらず、青潮の発生をモデル化できていないため、事前の予測が困難であるのが現状です。
ただ、青潮のモデル化については、個人的にはかなり難しい部分があるだろうと考えます。たとえば、茨城県霞ヶ浦環境科学センターに勤めている研究員の方が、霞ヶ浦でのアオコの発生のモデル化を検討している、という話を聞いたことがありますが、現状では予測モデルと実際の結果との乖離が大きく、モデル化は順調に進んでいるとは言うのは厳しいです。これは、アオコの発生のモデル化に、水温や流入負荷だけでなく、風向きや降水、土地利用など、さまざまなファクターを考慮する必要があるためです。
霞ヶ浦のような閉鎖性が極めて高い湖沼でさえ、水質変化のモデル化は難しいのが現状です。東京湾は、閉鎖性が高いとはいえ海域です。湖沼より開放的な環境であるので、青潮発生のモデル化はかなり難しいものであると考えられます。
青潮への対策
青潮は底層が嫌気的状態になって起こるものなので、青潮の対策はつまるところ、底層DOを改善することになります。底層溶存酸素量を改善する方法としては、代表的なのは海中曝気、浚渫窪地の覆砂、植生浄化の3つがあります。
1)海中曝気(エアレーション)
酸素不足を解消するための直接的な方法は、底層に酸素を送り込むことです。発想としては単純明快で、非常にわかりやすいと思います。ちょうど魚を飼ってる水槽にブクブクと空気を送り込むのとまったく一緒です。海中曝気によって溶存酸素量が増えるので、底層の貧酸素状態は一時的には解消されます。
しかし、青潮の場合、海中曝気は問題の根本的な解決には至っていないと言えます。私たちのまわりにある問題には、つねに「原因」と「症状」があるわけですが、「症状」をいくら改善したところでそれは対症療法に過ぎず、病気でもそうですが、原因療法を行なう、つまり「原因」を解消しない限り、いつまでもいたちごっこになってしまうからです。
2)植生浄化
青潮の原因は硫化物の酸化による硫黄の生成でしたが、この硫黄の生成は元をただせば赤潮などで大量発生したプランクトンの死滅から起こっています。つまり、赤潮を防ぐことが、青潮発生の対策につながるという理論は成立します。
赤潮の原因は、富栄養化にあります。すなわち、海水の水質をよい状態に保つことが赤潮対策につながります。富栄養化対策や水質浄化施策のひとつにアマモ場やガラモ場などの、藻場の再生があります。アマモは海草の、ガラモは海藻の一種で、内湾などではアマモやガラモが藻場、言うなれば「海の森」を形成します。
「海の森」である藻場を再生することによるメリットは水質浄化だけではありません。藻場が水質を改善することで、海洋の透明度が上がります。また、藻場は「海の森」と呼ばれるくらいですから、海洋における水生生物の生育空間の多様性を生み、生物多様性の維持にも貢献します。藻場の再生によって底質が安定するため、海岸線の安定が促進されることも、藻場の再生によるメリットの一つです。
このように、藻場の再生には青潮の抑制以外にも様々な効果が期待でき、現在注目が高まっています。特に、先ほど紹介した透明度の改善は、今後海域の水質の指標に沿岸透明度が追加されることを考えると、非常に重要であると言えます。
ただし、藻場の再生は、底層で貧酸素状態が起こりやすいことに対する解決策とはなり得ません。あくまで、沿岸部の過剰な富栄養化を解消するだけであり、一度青潮が発生すれば、藻場も水生生物の一種ですから、影響を受けます。
3)浚渫窪地の埋戻し(覆砂)
浚渫窪地が東京湾における青潮の発生に一役買ってしまっているのは先ほど述べましたが、これを解消する手段が覆砂です。覆砂は、よく底質汚染対策の方法の一つとして浚渫とともに紹介されます。浚渫は汚染源の物理的な除去であり、覆砂は汚染源の上から土をかぶせて汚染対策をするものです。
ただし、ここでいう覆砂は汚染源を隠すものではなく、元々ある穴を埋め戻す作業であり、覆砂によって、底層が貧酸素状態になりやすい原因を改善することができます。しかしながら、湾の富栄養化問題は解決できないため、これもやはり問題の根本的な解決には至らない、と考えます。
理想論を語れば、上記の3つを同時に施せば青潮は対策出来るかもしれませんが、東京湾は広大なため、これらを同時に行うことは、時間・費用のどちらの側面から見ても、あまり現実的ではありません。
湖沼における底層溶存酸素量(底層DO)
さて、青潮の原因のひとつは底層DOにありましたが、これに関連する話として、少し話題は変わりますが、湖沼における底層DOについて述べていきたいと思います。
近頃、海域だけでなく湖沼でも底層DOの不足は問題視されていて、たとえば琵琶湖では、琵琶湖の「呼吸困難」が話題になっています。琵琶湖は広大で深く、水温の関係で水が鉛直方向に混合しない状態になっているため、湖底まで酸素が届きづらく、底層溶存酸素濃度はもともと高くありません。
琵琶湖では、冬から春にかけて冷たい空気や水が流れ込むことで湖表面の水温が下がり、水が混ざりやすくなって、水の循環が起きるようになります。これが、琵琶湖の「呼吸」とよばれるもので、これが琵琶湖の底に酸素を供給する唯一の機会です。ところが近年、温暖化が進行してきたことによって、全層循環が起こる時期が遅くなってきています。
このように、湖における全層循環の欠如をはじめとして、湖底で溶存酸素が不足すると、貧酸素状態に弱い底生生物は生きていくことができませんし、湖底を再生産の場とする生物は再生産を適切に行なえなくなり、湖の生物多様性が失われることになります。
さらに悪いことに、湖底が嫌気的状態になると、湖底の底質に含まれていたリンが水中に溶出してくることにより、湖のリン濃度が上昇します。湖におけるリン濃度の上昇は、富栄養化を招き、アオコなどの問題の原因となります。
こういった状況を鑑みて、我が国は、「水域の底層を生息域とする魚介類等の水生生物や、その餌生物が生存できることはもとより、それらの再生産が適切に行われることにより、底層を利用する水生生物の個体群が維持できる場を保全・再生する(環境省 平成28年3月30日報道発表資料より抜粋)」ことを目的として、底層溶存酸素量を新しく水質汚濁に係る環境基準に追加しました。
青潮の根本的な原因
1)青潮と底層DO
さて、話を青潮にもどします。これまで述べてきたように、青潮は漁業と人体の健康に悪影響を及ぼします。青潮の発生は底層の溶存酸素量の不足が原因のひとつであり、底層DOの問題は、海域だけではなく湖沼においても、現在問題視されつつあります。
溶存酸素量の不足は、生物多様性を維持していくうえで、解決しなければならない課題であり、その必要性は大きいと言えます。しかしながら、湖沼にしろ、海域にしろ、底層DOの不足を根本的に解消することは難しいのが現状です。
ここからは青潮に絞って、これを予防する手段について考察していきますが、青潮は、元をたどると、その原因は赤潮などで大量発生したプランクトンの死滅であり、プランクトンなどの大量発生の原因は富栄養化にあります。すなわち、湾での富栄養化を防ぐように努めることが、青潮の予防にもつながるわけです。湾の富栄養化は私たちの日常生活にも原因があります。
2)私たちの生活と青潮
首都圏に暮らす人々は、毎日水を使い、使った水は下水道に排水しています。これらの水は下水処理場(「水再生センター」とよぶ場合もあります)にたどり着き、そこで適切に処理されて排水されます。水再生センターは、河川や海域の生物多様性がきちんと保全されるレベルまで下水を浄化して放水しますが、私たちが汚水を多量に排出すれば、下水処理水の放水量も増え、水中の汚濁物質の総量も増えることになります。
汚濁物質の総量が増えても濃度は低いままなので、流れのはやい河川中ではさほど問題になりませんが、河川を流れる水は最終的に東京湾に行き着きます。東京湾は閉鎖性が高いので、汚濁物質は、その大部分が湾内に留まることになります。これが、富栄養化を引き起こすのです。
おわりにー青潮の予防に向けてー
今まで、青潮について、既往の知見を整理するとともに、その根本的な原因を述べてきましたが、結局は東京湾における赤潮や青潮の発生の原因は、私たちの日常生活なのです。つまり、赤潮や青潮を予防するためには、不要な汚水を流さないように努めることが大事なのだといえます。私たち市民が環境に配慮した行動をとることこそが最も重要なのです。
エコモは各地を飛び回って、電力・エネルギーや地球環境についてお勉強中なんだモ!色んな人に電気/ガスのことをお伝えし、エネルギーをもっと身近に感じてもらいたモ!